内々(うつつ)神社・すみれ塚

住所:春日井市内津町

      (社殿)
内々神社の創建は古く、平安時代の延喜式に記載されており、現在の社殿は江戸時代の後期に建立されたものです。
祭神には建稲種命(たけいなだねのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、宮簀姫命(みやすひめのみこと)が祀られています。
名前の由来は、日本武尊が尾張の祖といわれる建稲種命に会われ、その妹の宮簀姫を婚約者とされた後、東国の平定に赴かれた。
平定が終わっての帰途、尊が内津峠にさしかかったおり、建稲種命が駿河湾の海で水死されたことを知り、尊は「あの元気な建稲種命が、・・・」 と絶句されしばらくして、
  「ああ現哉々々(うつつなり、々々)」
と嘆かれ、その霊を祭られたのが内々神社の始めだそうで、神社の前の宿場町を内津といいます。
(愛知県有形文化財に指定)
      (庭園)
内々神社の社殿の裏手にある庭園は南北朝時代の名僧、夢想国師(1275~1351)の作と伝えられ、回遊式林泉型という形式です。
少しの平地と急斜面を利用し自然の岩が巧みに取り入れられ、その下には丸池が掘られています。
      (すみれ塚)
庭園から少し山側に登ったところに、「すみれ塚」があります。内津の俳人、長谷川三止(さんし)が建てた六基の句碑があります。江戸中期を中心に内津の宿は俳句など文芸が盛んなところでした。
句碑の中には芭蕉の徳を慕って、
   
     「山路来て、何やらゆかしすみれ草」

と刻まれたものもあります。